油絵からジュエリーへ…… 運命に導かれたデザイナーの魅力とは

DATE : 2019.2.13
TEXT : Tomoko Kato

aidect(アイデクト)のジュエリーデザイナーとして活動する日向ユリナ。学生時代は美術大学にて油絵を専攻していましたが、あることがきっかけで国内大手ジュエリーブランドに入社。そこでジュエリーデザインの基礎を育み、フリーランスを経てアイデクトへ。アイデクトを支え続ける、ジュエリーデザイナーの魅力を紐解きます。

ジュエリーデザインの基礎を築いた12年間

もともと美大で油絵を専攻していた日向。絵を描くことや見ることが好きで、大学3年のときに研修でヨーロッパを訪れました。13カ国をまわり西洋美術史を学ぶなか、宗教的・文化的意味がある「紋様」に圧倒されデザインに惹かれていきました。この研修をきっかけに、現代美術の勉強をはじめることに。一時はテキスタイル業界を目指したものの、デッサンの試験を受けて国内大手ジュエリーブランドに就職しました。

「本物を知っているお客さまが対象ということもあり、会社はジュエリーに限らずアートに精通している人を採用する方針でした。そのため上司や同僚は金属出身者だけではなく、彫刻なども含め幅広いジャンルのメンバーで構成されていました」と日向は語ります。商業ベースのデザインを追求しすぎると新しいものが生まれない、見たことがあるデザインは売れなくなるということから、入社後もこれまで学んできた専門分野を追求するようにという言葉があったそうです。

入社2年目にはバブル期に突入。百貨店が成長し、高級商材やデザイナーズブランドが流行した時代でした。「バイヤーは、毎日誰かが海外へ行っている時代。当初はデザイナーとして、マス向けのものからハイエンドな顧客からの注文品までを請負い、外商などの法人向けのオファーもありました」と振り返ります。さらに5年間は、月に4本のジュエリーデザインに加えブライダル商材を担当。通常はセグメントが決まっているアイテムですが、ブライダルリースから和装まですべてのジャンルを網羅していたそうです。そういった顧客ターゲットが広く、幅広いジャンルのデザインを担当した経験が、今の仕事の基礎を築いたと言っても過言ではないと日向は語ります。

日向は国内大手ジュエリーブランドに新卒から12年在籍し、デザイナーとして脂が乗ってきた時期でしたが出産を機に退職することに。その後はご縁もあり在宅勤務をしながら、週に1度出勤するというスタイルを経て、2人目を妊娠し正式に退職。そして、しばらくの期間フリーランスのデザイナーを努め、2人目の子供の小学校就学とともにアイデクトでデザイナーとしての新しいキャリアをスタートさせます。

大切なものはすべてお客さまが教えてくれる

フリーランスのデザイナーとしてアイデクトの仕事をスタートした当時、店舗数はまだ3店舗ほど。日向は横浜店とラゾーナ店でフルオーダーデザインをしていました。その後アイデクトは店舗数も増え、複数店舗を担当するようになり、アイデクトの専属デザイナーとなります。急成長している一方アイデクトのビジネスモデルを当時は「小売とは販売方法が異なり、多品種少量生産型なので効率が悪い」と感じることもあったそうです。

そんななか、50〜60代のお客さまと接する機会が増え「人生の先輩とも言えるお客さまが、ジュエリーの良さを教えてくださいました」と語る日向。「仕事の思い出とともに」、「地道に頑張ったご褒美に」「家族がくれたプレゼント」など、それぞれの「人生の瞬間」をお持ちのお客さまが非常に多いと感じたそうです。

「アイデクトに関わる前は、『自分が美しいと思うものを提供し、お客さまがそれに共感してくれることが成功という立場』でした。これに対しアイデクトでは、『お客さま、おひとりおひとりの想いに私自身が共感して、形にするという立場』に変化しました」と、嬉しそうに語ってくれました。アイデクトに出会う前は、人生経験が少ないなりに自分からストーリーを取りに行くことに必死だったそう。しかしアイデクトでは、「人生経験が豊富なお客さまが素晴らしいストーリーを提供してくれます」とコメント。自身の働き方の変化を実感し、「ブランドを支えてくださっているのは、素晴らしいお客さまによるものです」と振り返りました。