ジュエリーで旅する世界のブランド Vol.2 Tiffany & Co.

DATE : 2019.3.6
TEXT : Tomoko Kato

「ハリーウィンストン」「カルティエ」「ブルガリ」「ヴァン クリーフ&アーペル」と並んで世界5大ジュエラーと呼ばれる「ティファニー」。女性であれば一度は手にしたい、憧れのジュエリーブランドです。ティファニーブルーという言葉から、「ティファニーで朝食を」の映画まで。人々を魅了するティファニーの魅力を紐解きます。

文房具販売から「キングオブダイヤモンド」へ

1837年9月14日ニューヨークのブロードウェイ259番地に産声をあげたティファニー。フランスで「エルメス」が創業したのと同じ年に、チャールズ・ルイス・ティファニーとジョン・B・ヤングの二人がティファニーの前身であるティファニー・アンド・ヤングという会社を設立しました。創業当時はジュエリーではなく、文房具や装飾品の取扱いからスタート。「値札をつけて、値引き交渉に一切応じない」という当時としては画期的な販売スタイルを貫き話題になりました。なお、初日の売上は$4.98だったと言われています。

1843年にヨーロッパから輸入したゴールドジュエリーの販売を開始し、2年後の1845年、アメリカで初めてメールオーダーカタログ「ブルーブック」を制作。年に一回発刊されるカタログは、ティファニーならではの洗練されたデザインが人気となり、秋の訪れを告げる風物詩となりました。息をのむような作品の数々と希少な宝石に、魅了される人が続出。コレクターが待ち望む特別な一冊として、誰もが認める存在となりました。

その後フランスの二月革命をキッカケに1848年、貴族から貴重な宝石を買い入れることに成功。ティファニーの代名詞ともなるダイヤモンドジュエリー販売を開始し、チャールズ・ルイス・ティファニーは、アメリカメディアから「キングオブダイヤモンド」と呼ばれるように。この事業が大成功をおさめ、アメリカ第一の宝石商という現在の地位を揺るぎないものにしたのです。

創業者のチャールズ・ルイス・ティファニーは、世界でもっとも美しいタイヤモンドに対して情熱とこだわりを持っていました。1878年に、世界最大級である287カラットのファンシーイエローダイヤモンドを購入し、128.54カラットにカット。世界中の注目を集めたこのダイヤモンドは「ティファニー ダイヤモンド」と名づけられました。ティファニーが扱うファンシーカラーダイヤモンドは、彩色、色調、明度のどの視点から見ても素晴らしい天然カラーダイヤモンドばかりで、常に高い評価を得ています。

「キングオブダイヤモンド」と呼ばれた創業者のチャールズ・ルイス・ティファニー氏

ティファニーが誇るエンゲージメントリングTIFFANY TRUEとティファニー® セッティング

世界最大級128.54カラットのファンシーイエローダイヤモンド

シルバーにも強いティファニーとして成長軌道に

1851年に銀製品の取扱いをスタート。スターリングシルバー基準(シルバーの純度基準)を925/1000と設定した最初の米国企業はティファニーでした。後にこの基準は、アメリカの公式基準として採用されます。1853年、会社名を「ティファニー&カンパニー(Tiffany & co)」という現在の会社名に変更。本店の前にアトラスクロックが設置されたのも、ちょうどこのタイミングでした。まだ時計が一般的ではなかった当時、人々は懐中時計で時刻を確認していました。しかし精度は現代には遠く及ばず、毎日時刻合わせが必要な状況。そんな時代にニューヨーク初の公共時計として設置され、人々に時刻を伝えていたのが「アトラスクロック」だったのです。

1878年に開催されたパリ万博博覧会では、ティファニーが出店したジャパネクスモチーフのシルバー ウェアが最優秀賞、ジュエリー部門では金賞を獲得。現在のティファニーの原型を作り上げたチャールズ・ルイス・ティファニーの手腕によって、ティファニーはどんどん成長軌道に乗っていきました。「ティファニーシルバー」と呼ばれる純度の高い銀を扱い、新しい宝飾店として銀の売り出しに成功したことが、現在の地位に大きく貢献したのです。

ニューヨーク五番街本店のアトラスクロック

スカイブルーのカラーは、春の訪れを告げるこまどりの卵

ティファニーは、1853年に会社名を変更した際、ティファニーブルーと呼ばれるカンパニーカラーを初めて使用しました。ブランドとして、ティファニーを購入してくださったお客さまだけが手にすることができる、特別な包装箱を作りたいと考えたのです。そこで登場したのがティファニー ブルー ボックス。スカイブルーのカンパニーカラーは、春の訪れを告げる小鳥「こまどり」の卵からきています。ヴィクトリア朝のイギリスでは、土地や資産を記録する重要な台詞の表紙に、こまどりの卵の青がよく使われていたそう。こまどりの卵の青は、大切なものを表現する色。そして「青」は、真実や高潔さのシンボルでもありました。

こまどりの卵の色は、ティファニーの信念である「ティファニーの品々はどれも気高くあらねばならない」という信念にぴったりで、1906年のニューヨーク・サン紙には「ティファニーには、どれだけお金を積まれても、決して売らないものがひとつある。ただし顧客には無料で提供されている、それはティファニーの名が冠された箱である」と綴られています。

受け継がれる由緒正しき伝統

長きにわたりティファニーを支えた創業者のチャールズ・ルイス・ティファニーが死去しても、ブランドの勢いはとどまるところを知りません。そのDNAはジュエリー部門のトップ ボールディング・ファーンハム、そして息子のルイス・コンフォート・ティファニーに受け継がれます。

ヨーロッパでカルティエが打ち出したアール・デコ様式のジュエリーの流れを受け、1939年にニューヨーク世界博覧会でアール・デコ様式のジュエリーを発表します。翌年の1940年、ニューヨーク5番街に本店を移転しフラッグシップ店としてオープン。1950年には「ティファニーで朝食を」の書籍が出版され、1961年にオードリー・ヘップバーン主演で映画化。オードリー・ヘップバーンの代表作としても知られるこの映画は、今でも世界中の人々から愛されています。この映画のタイトルにより、いつかは「ティファニーで朝食を」と憧れた人も少なくありません。でも実際にはレストランはなく、映画公開から56年経った一昨年11月に初めて「ザ・ブルー・ボックス・カフェ」が本店4階にオープンしました。ブランドのエスプリが詰まったカフェは連日満席。一番人気のメニューはもちろん、スモークサーモンベーグルやアボガドトーストなど4種類からメインを選べる「BREAKFAST AT TIFFANY」。もはや、ティファニーは単なるジュエリーブランドという枠を超え、新境地を切り開きブランドとして不動の地位を築き上げていったのです。

ティファニーが年1回発表する最高峰のハイジュエリーコレクション「ブルーブック コレクション2018」より、1930年代に発表した見事なアール・デコ デザインから着想を得たアクアマリンとダイヤモンドののブレスレット

ザ・ブルー・ボックス・カフェの様子

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